トラス総合鑑定

お知らせ

航海とは

 

 平成も終わろうとしている。平成の30年は私の社会人としての歩みとほぼ一致する。約30年前、社会と言う大海原に船出したわけだが、大海原は想定外の嵐が発生する。

 三十路を超えて、自分なりに当時の仕事に納得しつつあった。そんな時期、会社の帰り書店で何気なく手にした求人情報誌を見て、目を疑った。当時その業界2位のH社が特定専門職の中途採用をすると記事が出ていた。この数年前までは、この業界は数社の寡占状態で、需要は先細り慢性的な不況状態であった。さらに今で言うAI化により専門職は余っていたはずだ。しかし、規制緩和により寡占状態が崩れ外資を含む新規企業の参入、さらに料金体系の改革によりハードルが下がり、民間法人、個人の需要が急速に増加したのだ。

 準備する暇もなく、一次選考の日が来た。湾岸エリアの倉庫が建ち並ぶ一画のH社の大きな会議室に集められた。選考会場では大学時代の友人K君と再会した。彼の専攻は電気工学であったが、就職した会社は私(当時)と同じ建設業界の熊G組。組織は人を変える。その風貌たるや、ゼネコンの現場監督そのものだった。英語のペーパーテストの問題に見覚えがあった。問題の大部分が英語検定試験の過去問のコピーだった。社内でオリジナルの問題を作る余裕もないほど切迫していたのか。しかし、なぜこの時期に少ない椅子を争わなければならないのか、季節外れじゃないか、解答用紙に向かいながら、怒りがこみ上げ、同時に目が曇ってきた。試験が終わり、出口で守衛のおじさんに会釈すると、「君もこれから◎〇×△Ver-F4を動かすんだね、」と言われ思わず苦笑してしまった。◎〇×△Ver-F4は20世紀の傑作の一つと言われ、当時の世界を席巻していたマシンだ。

 企業の特定専門職の場合、社内外から希望者を選抜し、基礎知識の研修、技能実習訓練、職種によっては必須となる国家資格を取得させ、OJTを実施し、社内審査をクリアした者に何らかの称号を与え、辞令を交付して現場に出す。ここまでに3年はかかるのが普通だ。

 企業が目先の損益をよく見せるため、人員削減を行うと専門職は同業他社に流れる。彼らは企業名や役職はどうでもいい。自分の技術と社会的に認知された称号で仕事をしているのだ。一時的には人件費は減って、財務諸表はよく見える。しかし、専門職は簡単には育たないので世代間の歪ができ、需要が増えると慌てて採用を増やす。私と同じようにあの時、求人情報誌を見た何百人、いや全国では何千人の人が心を動かされ、迷いを生じさせたに違いない。この罪は大きい。

 「チャンスは必ず来る。その時に備えてしっかり準備をしておくように」私が新人の時、先輩社員から言われ言葉だ。先輩が発した言葉の意味を身に染みて感じた。私にとって、最初の大きなチャンスであった。あれから約四半世紀◎〇×△Ver-F4は大きなトラブルもなく、世界からは姿を消しつつある。

s_IMG_0207 (2).JPG

 K君はどうしているだろう。優秀なK君は夢を実現していると信じたい。であれば、彼の航海もそろそろ終盤に入っているだろう。あと数年、無事に航海を終えてほしい。

  • Category:記憶
  • Author:安田